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2000年の7月30日。原稿持ち寄りの詩集会議を表参道のカフェで開いた。このときには、詩 集の装丁をしてくれることになった岩崎敦子さんとDTP担当の松澤さんも入れて六人だった。本格 的な話し合いとなった。原稿確認、詩集のタイトル決め、作品配列、奥付、発行部数、定価、印刷 所決めなど。本つくりの経験も知識もないわたしは、第一詩集を出されている三人(奥野雅子さん、 荒川純子さん、南川優子さん)にたくさんのことを教わった。たいへんだけど、それ以上に楽しい こともわかってきた。みんな夏ばて気味だったけれど、この日の会議で詩集つくりは大きく前進し た。 2000年の9月2日。DTP作業の最終チェックのため、原宿のイタリアンレストランに、六人 で集合した。松澤菜津紀さんが作業してくれた、イラストレイタというソフトを使ってできた版下 原稿を見せてもらい、フォントの微妙な形の確認や再度原稿チェックをし、岩崎さんが描いてくれ たイラストの位置を確認した。お二人の原稿や作品を見せてもらったとき、どきどきするくらい心 が踊った。もう一度、みんなの原稿も読んでみたけど、何度読んでもわくわくした。詩集をつくる ことのおもしろさを改めて感じていた。 その後は、編集作業のお手伝いをすることになったわたしと松澤さんとの、パソコン環境格闘編 の話になる。まさに技術の難しさを体験することになった。私家版で詩集をつくる場合、編集も大 きな役割があることがわかった。自分の記録としてこの経験はぜひ書いておきたいので、簡単な流 れを振り返ってみる。 今回、原稿は一枚のCDの中にEPS形式のファイルでおさめ、印刷所にはデータ入稿した。松澤 さんが担当してくれたのはそのファイルをつくることである。ワードというワープロソフトに入っ た原稿をイラストレイタというソフトに一ページごとに組んでいく。岩崎さんが描いてくれたイラ ストはスキャンという機器で指定の大きさに縮小し、フォトショップというソフトで加工してから、 指定の位置に組み込んでいく。表紙の絵はトレースという作業をしながら、指定通りのサイズと位 置に組んでいく。簡単に書くとそういう流れである。松澤さんとはインターネットの掲示板で知り 合った。松澤さんからもわたしはたくさんのことを教わった。そして編集のおもしろさを実感した。 それからもう一つ、今回の詩集つくりで活躍したのがインターネットの掲示板というものだった。 これはパソコンを持ちインターネットができる環境があれば、共通に会話のできるものである。距 離があり、普段は仕事で忙しかったわたしたちは、ここでさまざまな連絡をしたり原稿確認をした りしてきた。掲示板の流れは加速し言葉があふれるうち、言葉過剰になって一方的になってしまっ たことがあった。軽く流れていくのが掲示板だと思った。そしてほんとうのコミュニケーションは そこにはないこともわかった。詩集ができてから、わたしは掲示板を閉じることにした。 いろんなことがあったけれど、2000年にできあがったこの詩集はわたしの宝物になった。そ して詩を通して出会った友達は、わたしの中ではかけがえのない存在になった。 参考文献 『風呂で読む 与謝野晶子』松平盟子 世界思想社 『新文芸読本 与謝野晶子』中央公論社 『日本の詩歌 与謝野鉄幹 与謝野晶子 若山牧水 吉井勇』中央公論社 フィンガーのページに戻る index |