それから一か月が経った。2000年の3月12日。その日は友達と誕生会をしようと、原宿のカ
フェに集まった。友達とは、詩を通して出会った五人の女性たちだった。(荒川純子さん、奥野雅
子さん、南川優子さん、「にろぱに」こと松澤菜津紀さん、成田ちるの五人)その席で、旅のおみ
やげをいただいたり、仕事の愚痴をはいたり、おいしいものをたくさん食べたり…そこまではよく
あることだけど、その後に、荒川さんから提案があった恋愛詩集についての話になった。先に誘わ
れていた奥野雅子さんと二人で始めた企画の内容を聞くうちに、わたしも書きたいと思った。そこ
でわたしも参加することになった。
 それから一週間後の3月21日、荒川さんとわたしは会社とバイト先が同じ銀座だったので、勤務
後、八重洲のブックセンターまで本を見に行った。おもしろい本があった。『風呂で読む 与謝野
晶子』。与謝野晶子の歌を通した人生が、流れよく書かれていた。スターバックスでお茶をしなが
ら、歌集の中でも最初の部である臙脂紫に絞る方が焦点がはっきりしていてより深くなることなど
を話した。
 それから一週間後の3月31日、わたしのバイトが終わる日に四人でまた集まった。仕事の変化の
話、これからのこと、詩集について。わたしにとっては初めての詩集。わたしはこのとき、詩集を
出すのなら四人で出したいと思った。そんなことを話すうちに、南川優子さんも参加することにな
った。
 与謝野晶子『みだれ髪』臙脂紫からインスピレーションを感じる歌を選び、詩を書く…。この時
点でほぼ、原稿のあがっていた荒川純子さんと奥野雅子さんに待ってもらい、わたしと南川さんは
詩を書き始めた。この間、詩を書き始めて原稿があがるまでに、数か月の時間がかかってしまった。
企画がおもしろいのに原稿が進まないなんて…わたしはこのときまさに現実感覚と文学感覚で、ぐ
るんぐるん回り続けていたのだ。もし一人だったらずるずると時間ばかりが経ってしまうところだ
っただろう。けれど、つらいときほど励ましてくれる言葉は真実だと思った。夏までの間に一度、
四人で集まったときがあった。詩集をつくることをもうやめようかというところまで追い詰められ
てしまったこともあった。顔を合わせて、四人で意見を出すうちに、四人は四様であって、詩集を
つくることへのこだわりが違うこともわかった。原稿があがっても詩集はできない。詩集をつくる
ために必要なことを話し合ううちに、方向が見えてきた。

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