詩集をつくる




 文学感覚と現実感覚。いつもわたしが揺らいでしまう境界線。やらなければならないことは、山
のように積み重なっているはずだ。でもやらなければならないことって何だろう。やりたいこと
や好きなことを追い続け、出会った友達と光速度で友情を深めるうちに、今、わたしの手の中には
1冊の詩集があることに気がついた。そうだ。わたしは詩集をつくったんだ。かけがえのない、今
はもうそれぞれの道を進む友達と・・・。

 詩集をつくろうという企画が出たのは、2000年の2月にまでさかのぼる。詩を通して出会っ
た荒川純子さんは、そのころ自分の詩の発表の場であった同人誌『トビヲ』が終刊をむかえること
で、これから先、自分の詩をどのような形で発表していこうか考えていた。また、一人の女性とし
て仕事を続けてきたけれど、今の仕事の契約条件にも悩んでいた。『トビヲ』のエッセイにも書か
れていたが、現在、平成の世の中にあってもまだまだ女性というだけで、苦しい条件が課されてい
る会社もあることを知った。そんなときのことである。荒川さんは勇気が出るある一篇の詩を思い
出していた。それは今からおよそ百年前、まだ封建的な人間関係が普通だった明治時代に書かれた
詩だった。

山の動く日に/与謝野晶子

山の動く日来る、
かく云へど人われを信ぜし。
山は姑く眠りしのみ、
その昔彼等皆火に燃えて動きしものを。
されど、そは信ぜずともよし、
人よ、あゝ、唯これを信ぜよ、
すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。


 この詩は、女を山とたとえ、休火山だった山が、眠りから覚め、再び活動期に入る様子を力強い
言葉で言い切っている。火山といえば、猛烈な勢いで轟音とともに噴火し、地盤も揺るがすほどの
恐ろしい力だ。そんなエネルギーを今こそ、女性たちは放出することを人よ、信じなさいというの
だろうか。反動的なパワーがふきあがる詩だ。今から百年も前、こんなに力強く女性開放を匂わす
詩はあっただろうか。荒川さんは与謝野晶子の作品から何か書けないだろうかと考え始めた。与謝
野晶子といえば、歌集『みだれ髪』が最も有名。歌からのインスピレーション。現代語訳の歌集で
は、俵万智さんの『みだれ髪 チョコレート語訳』があるけれど、歌ではなく詩にできないだろう
か。『みだれ髪』といえばテーマは《恋愛》。テーマもおもしろい。書いてみよう。荒川さんは歌
を読み詩を書き始めた。

次のページへ

フィンガーのページに戻る   index